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投資を知るために~「為替」の意味と歴史的起源

   

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「為替」は良く目にする言葉ですが、その意味は意外と知られていないかもしれません。為替の動向は、私たちの生活と密接に関係する身近な問題でもあります。ここでは、為替とは何か、内国為替と外国為替の違いや意味など、為替についてのごく基礎的な知識、またその歴史的起源などについてまとめています。

 

為替とは

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もともと為替とは、現金のやりとりをしない金融決済のことです。
金融機関を通じ、債務者が債権者に送金する並為替(送金為替)と、債権者が債務者から取り立てる逆為替(代金取立て)があります。
また、振込、手形、小切手など国内での決済を指す内国為替(国内為替)と、通貨を異にする国際間での決済を指す外国為替に大きく分けられます。一般的に「為替」と言った場合、殆んどが外国為替を指し、外為(がいため)と呼ばれることもあります。

内国為替とは

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同一国内での隔地者間の貸借関係を、金融機関を介して決済する為替取引を「内国為替」といいます。振込や口座振替も為替取引の一種です。金融機関を利用して個人や企業が振込を行う際に機能している仕組みは、全国銀行内国為替制度と呼ばれます。そこで中心的な役割を担うのが、1973年4月に発足した「全国銀行データ通信システム(全銀システム)」で、民間金融機関のほぼ全てが参加しています。振込・送金など金融機関の為替取引に関するデータ処理は、全て全銀システムのセンターを通じて行われています。
振込だけでなく、手形や小切手を使った決済も内国為替です。それらの利用には当座預金口座が必要となります。
小切手は、金融機関に対して受取人への支払いを委託した有価証券です。振り出す場合、口座には小切手の額面相当の資金が用意されていなければなりません。
手形は小切手と異なり、振り出す時点で支払い全額が口座に無くても発行できます。手形を作成した企業などの信用を元に、支払日を決め決済を先延ばしにできますが、期日に支払いできなかった場合は不渡りになります。半年以内に2回不渡り手形を出してしまうと、銀行との取引が停止処分になり、その会社は事実上倒産となります。

外国為替とは

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広義では、通貨が異なる国際間の貸借関係の決済に用いられる信用決済手段を指します。貨幣制度が異なる国の間の取引のため、為替相場の変動や各国の為替政策の制約などを受けます。
現在では投資行動として通貨を交換するケースが多いので、為替本来の「現金の直接輸送を伴わない決済」より、異なる通貨の交換(売買)の意味合いが強くなっています。

外国為替投資とは

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外国為替投資は外貨預金や外貨MMF、外国投信、外国債券、外国株式、外国為替証拠金取引など、主に外貨に対して投資を行い、為替レートの変動や金利差により利益を得ようとする投資を指します。円を外貨にあるいは外貨を円に換える際コストがかかる、為替の変動による損益の発生、預金保険制度の対象外、という点がそれらに共通しています。円を外貨に替えて運用するため、金融商品ごとの個別リスクのほかに為替リスクが存在しますが、複数通貨への分散投資などによりリスク軽減が可能です。

「為替」の起源

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為替の起源は遠く古代バビロニア、古代エジプトまで遡るという説もあります。当時、穀物を倉庫に預ける際に発行されていた「預り証」が有価証券として流通していました。古代エジプト各地の穀物倉庫の保管状況は、アレクサンドリアの中央倉庫に集約されて記録され、人々は穀物を移動させることなく穀物の取引をしていたと言われます。しかし、その後勢力を拡大した古代ローマ帝国の支配により貨幣の流通が一般的になったため預り証は完全に姿を消し、現在の為替と直接繋がるものではないというのが通説です。
唐代の中国でも、預り手形として「交子」が現れますが、兌換紙幣、そして不換紙幣へと移り変わって行ったため、為替よりも紙幣の起源に位置付けられるものと言えます。
8世紀以降の中世イスラム帝国では、現代でも行われる鋳造貨幣同士の両替に相当する「小口為替」が確認されています。その後、証券を仲介とする「証券為替」が生まれました。
ヨーロッパでは12世紀ごろ、ローマカトリック教会と連携した北イタリアの商人が絹や香辛料を中心とする貿易を活発に行っていましたが、隔地間取引の決済に貨幣を輸送することは不便で、危険でもありました。そのため、公証人を間に立てて支払いを取り決めた公正証書を作成させたのが、今日の為替取引の原型と考えられています。
この仕組みは、十字軍遠征による人員や物資の大量移動に伴う遠隔地取引の増加、また当時の教会や商人によってさらに発展して行きました。ローマ教皇による税徴収業務を扱う両替商が、その税を原資として教皇庁御用達の両替商や大商人のために物資を販売し、売掛金の受け取りを約束した公正証書を教皇庁に送り、教皇庁が売掛金を御用商人から回収する事で税収相当の金銭を得ていました。また、シャンパーニュの大市などの大市を確定日とする手形を商品購入希望者が買い、大市当日に手形の提示で決済するシステムは、15世紀頃に現在の為替手形の形式へと変わって行きます。
英語の「Bank」の語源は、12世紀頃に世界の貿易、文化の中心地であった北イタリアの両替商が使用した「BANCO」(イタリア語で長机、記帳台の意)に由来するとされています。13世紀のベネチアでは、バンコ・ディ・スクリッタと呼ばれる、帳簿上で決済を行なう振替銀行も誕生しました。
為替手形の出現等によって銀行を介在する財の生産がなされ、また交易によって中世の西欧経済が発達を見ました。各地の物産が交換され、国内外の負債が決済される場であった国際定期市が、交易商人兼銀行家の活躍する場となりました。

日本に於ける「為替」の起源

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日本に於ける為替の起源は、鎌倉時代に遡るとされます。当時は「かわし(かはし)」とよばれ、依頼者が割符(さいふ)屋に金銭や米を渡して割符という為替手形を受け取り、これを指定地で支払人に渡し、金銭や米を受け取る仕組でした。
金銭のみの受け渡しをする最古の為替は、多額の金銭を運搬する危険を避けるために室町時代の大和国吉野で考え出され、寛永年間に江戸幕府の公認を受けたとされます。
江戸時代には、政治の中心都市である大消費地江戸と、全国的な商業中心地である大坂との間で商品流通が盛んになりました。それが大規模な貨幣の流通を生むとともに、支払手段としての貨幣機能や信用取引の発展を促し、為替取引を発達させました。
この時代の為替業務は両替商によって行われ、1691(元禄4)年に幕府から御為替御用達の指定を受けた、いわゆる御為替十人組と三井、越後屋などが中心となっていました。消費都市である江戸の商人からの支払手形と、商業都市である大坂からの、幕府の大坂城御金蔵や諸藩の蔵屋敷における米や物産の売却金を江戸に送る手形(公金(江戸)為替)が行き交い、大坂の両替商は幕府や諸藩から依頼された送金用の金銭で江戸から流れてきた支払用手形(下為替)を買い入れて江戸の両替商に送り、江戸の両替商はそれを商人から取り立てて大坂の両替商に代わり幕府や諸藩に納付していました。
こうした手形のやり取りが両替商達の信用を高め、集まった資金は投資や貸付資金などにも利用され、信用機関の発展と都市商業資本の集積に貢献したと考えられています。
明治に入ると、1869(明治2)年に東京、横浜、大阪など8か所に為替会社が設立され、為替業務のほか紙幣の発行、預金、貸付も行いましたが、銀行制度が整備されるとともに、為替業務は主として普通銀行が担うようになりました。
江戸幕府崩壊と廃藩置県に伴う経済構造の変化が、為替に対する信用不安を生み出す可能性があったため、明治政府はいち早く手形為替関連法を整備し、国立銀行設置などの金融政策を取っていく事になったのです。1871(明治4)年5月10日には、日本で初めての統一通貨「円」が発行されました。

まとめ

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為替は現金のやりとりをしない金融決済です。
振込や口座振替も為替取引の一種です。国内で行われる為替取引は内国為替と呼ばれます。国境を越えて、異なる通貨間で行われるのが外国為替取引です。普通「為替」と言えば外国為替を指すことが殆んどです。
現在の為替取引の原型は、12世紀頃ごろの北イタリアで、隔地間取引の決済のために生み出された公正証書が起源とされています。
日本に於ける為替は、鎌倉時代の「かわし(かはし)」という、金銭や米を受け取れる手形が起こりのようです。江戸時代には、江戸と大坂との間で物品流通が盛んになり、それに伴って為替取引が発展しました。